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go

ブータン人がゾンに入る時には、民族衣装の着用が義務付けられています。
でも、これは昔からのルールではなくて、1980年代後半になってからのルールです。

民族の文化を守ろうとする良い政策と思います。

が同時に、ネパール系の移民等で、ゴを着る習慣が無く、
反政府的な思想を持った人をあぶりだそうとしたという一面もあります。

江戸末期、踏み絵で隠れキリシタンを探したのと同じ手法か
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雨季終わり。

雲ひとつない蒼い空がやってきました
これから春までずーっとこの天気。
雲のある景色も楽しいけど、この空も好きです

階段。

ブータンでは、階段は奇数の段数にするとよいらしい。
一種の験担ぎみたい

Rafting

プナカまでラフティングに出かけました。
JOCV SV会わせて参加者12名。

ブータンでは雨期と乾期のシーズンがはっきりと分かれているので
川の水量には、かなりの差があります。
日本でも何回かラフティング参加しましたが
雨期明けのこの時期は、水量もあり水面から見る景色や川の流れも日本とそっくり。

プナカはパロより1000mくらい低い土地なので
夜でも寒くなくて、快適でした。
2回のラフティングとキャンプで1泊2日の小旅行。
来年帰国前にもう一度やりたいものです

キチュ・ラカン

キチュラカンとは7世紀のお寺でブータンで最も古いと言われる一つです。

言ってみれば日本では法隆寺みたいなもの

そんなお寺の屋根改修がありました。
小屋裏に入れるなんて。
すこぶる貴重
改修内容は、小屋梁、小屋束、母屋は既存のまま、
垂木と屋根材を取り替えるというものです。
屋根の形状は保ち、見た目は変わらないようにしています。


ここでは、この最古のお寺であっても、
現役のお寺として地域の人が集まる場所になっています。
パロゾンの記事でも書いたように、
このお寺も観光地化せず、地域社会の中のひとつ。
地元の人が毎日お参りしています。
屋根の改修も、パロゾンのスタップと地域の人でわいわいと作業しています。
日本で法隆寺の改修になれば、
国家的な大プロジェクトで多くの専門家たちが来てやるのでしょうが
こっちでは、そんな雰囲気はありません。
事記録すらまともに取らないので
録を後世に残すことも私の仕事。
こんな仕事に関われるのも、とても幸せなこと

Tour of Gragon.

ブータンオリンピック委員主催のブータン最大の自転車レースに出場しました

ブムタンから首都ティンプーまで全行程267k、制限時間16時間、標高1300mから3400mを上ったり下りたり、ガードレールも無く脇に落ちたらあっさり命を落とすことのできるというなんともクレイジーで魅力的な大会です

結果は残念ながら残り20kmあまり最終チェックポイントで制限時間切れ
出場した日本人は誰一人ゴールまでたどり着けないという屈辱的な結果で、悔いが残りますが、来年、後輩隊員達の意地に期待したいところです

レース当日のおさらい。

前日夕方18時 就寝
23時 起床
0時 朝(?)ごはん
1時 ブムタン(標高2500m)のスタート地点に移動
2時 カウントダウンと共にスタートの号砲。
スタートからは40km続く上り道。
2時40分 キキラ9キロ地点を通過
4時48分 ヨトンラ(標高3400m)40km地点通過
超えるべき3つの峠のうち、最初の峠。
ここからはしばらく下り道。
まだ夜明け前で気温も低いところに、
標高が高いので霧もかかり、
さらに雨まで降り出して道は滑ります。下り道はとっても恐ろしや
5時52分 トンサの街(標高2000m)を通過
街を過ぎたところのドロドロ道でタイヤを取られてコテっと転倒
幸い自転車に故障は無く、擦りむいたくらいで怪我もなく。
そのまま続行します。
トンサからは2つ目の峠ペレラに向けて77km上り道。
ペレラ到着前から左膝の痛み。
マラソンでも長距離走ると左膝から壊れますが、
自転車でも同じところから痛みが
10時57分 ペレラ(標高3400m)145km地点通過
ペレラではちょこっとご飯を。10分くらい休んでから再出発。
このあたりの道は舗装されてないところも多くて、砂利道しんどい。
左膝の痛みが一気にひどくなってます。
ペダルをふむどころか、膝を曲げることすら出来ないくらいの痛み。
ここからウォンディの街まで高低差2000mくらいの下り道なので、
足の固定を外して、足を休憩させます
標高が下がり気温も10℃くらい上がったせいもあってか、
ウォンディにつく頃には、奇跡的に、膝がちょこっと動くようになります
13時 ウォンディ198km通過
13時30分 ロベサ(標高1200m)205km通過
ここからまた最後の峠ドチュラに向けて40kmの上り道。
また高低差2000m上ることになります。
ここまで左膝だましだましきたけどやっぱり痛い。そしてついに右膝まで痛い。
18時 チェックポイントまであと7kmくらいのところ。
しかしながら、ここで大会規定の制限時間。
残念ながらチェックポイントを通過できませんでした
制限時間が過ぎて、収容するための車が着てくれたけど、
わがまま言って走り続けます。
19時 最後の峠ドチュラ到着
ゴールのティンプーでは、表彰式が行われてるけど、自分の大会はここで終了。
制限時間の16時間より1時間多い17時間自転車の上で格闘して
左膝壊しても届かずでした。すいません・・・


今、大会が終わって数日がたちました。
振り返ると、精神的にも肉体的にも自分の限界だったという気持ちが3割くらい、
もう少し頑張れたはずだという気持ちが7割な感じ。
日本帰ったら自分の気持ちがあるうちに自転車始めようと計画してます




さて、今回の大会でもたくさんの人に助けてもらいました

ヨシさん
大会を紹介してくれたのもコラタイガーチームに誘ってもらったのも自転車購入の手配してくれたのもヨシさんで。ほんとにたくさんお世話になりました。

のむらさん
JOCVで一緒に出ようっていう話に、はじめに乗ってくれたのがのむらさん。いなかったら出てなかったかもです、

きしもとさん
大会前、毎朝早起きして練習する精神力は尊敬します。その練習量にこっちも練習せねばとプレッシャーを受けました。

ジョン
大会中、ずーっと同じくらいのペースで走って結局最後まで一緒でした。後ろ姿に励まされつつ引っ張ってくれて助かりました。50代バンザイ。

ブラッドリー
ヨトンラからトンサまでの下り道ずっと一緒に並走しました。霧の中、暗くて、寒くて、雨ふりという悪条件の中、励まされました。

ジョンの嫁
痛む膝を縛って固定してくれてありがとうございました。縛り方が思い切り緩くて、効果はなかったけれど、その優しさと激励の言葉が無かったらドチュラまでのぼれませんでした。

コラタイガーメンバー
ダムチョ、イチロー、男優、小金沢、はじめとするメンバーのみんなとても暖かくチームに入れてくれました。勝手に日本人ニックネーム付けたりして話題作りも含めて楽しみました。

豊田さん
深夜2時という時間なのに、ブムタンスタート地点まで応援に駆けつけてくれました。

前田さん
ロベサ給水所で長時間待っててくれて応援してくれました。

砂田さん・キミさん
ドチュラまで着て待っててくれました。残念ながら制限時間に着けなくて会えなかったけど、来てくれてこと後で聞きました。

ほりさん
ドチュラまでの永遠と続く登り道に苦戦しているところ、タクシーで追いかけてきて並走してくれました。ホリさんの姿とリンゴからだいぶ元気もらいました。

よねさん
ティンプーのゴール地点で待っててくれてありがとう。ゴール地点で会うことできなくて残念だけど。

いとうさん
スタート直前、思い切り深夜なのに応援メール届きました。

えのきさん
出発前日に家に来て夕飯一緒してくれました。


そして
5代国王の弟
まさかロイヤルファミリーと、自転車で並走するとは!超貴重な体験です。
制限時間過ぎる間際も横に来て、頑張れと言ってくれて感激です。

その他にもJICA関係者はじめ、多くの人に応援もらいました。
みなさんありがとう!

来年、日本人で誰か完走することを願ってます
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