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日本も選挙。

ブータンから投票できるのかってしらべてみたら
在外選挙制度というのがあります


が。しかし。
かなりめんどくさい感じで

まず、日本大使館へ行って在外選挙人名簿っていうのに登録するのに
2ヶ月くらい前から届ける必要があって、
そして、ブータンには日本大使館がないので
管轄するインド大使館まで行かないといけません

海外から投票出来るといっても
かなりのハードルで、結局、投票せずでした。

この制度。なんとかしてほしいと思うけど
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ツェチュ

ブータンのお祭りツェチュ
月の10日目という意味のゾンカ語だそうで。
場所によって異なるのですがパロでは5日間続きます。

ブータンに仏教を伝えたというグル・リンポチェさんのお祭りで
仏教の教えを寸劇やダンスで伝えています。
閻魔大王が裁きをする場面の寸劇もあります
多くのブータン人は年に一度の祭りを一番のオシャレをして楽しんでいます

各地で行われるお祭りのなかで
ちょっと変わったお祭りを紹介します。


「チョルテンコラ」
東の果てタシヤンツェで行われる祭りは、
終盤に女性がチョルテン(仏塔)の周りを廻ります。
男性は誰でも、輪になっている女性を誘うことができ、
そのまま暗がりへ消えていくという・・・。
もともと人口が少ない地域なので、
新しい血が入ることを期待しての風習だとか

「ドゥップ」
ブムタン、ジャンベラカンで行われる裸まつりがあります。
ほんとに全裸。
寺を建てるときに、魑魅魍魎どもが壁を壊すので
それを紛らわすために僧侶が裸で踊ったのが始まりのようです



おもいきりセクハラ

礼儀作法。

日本は礼儀作法うるさいですが
ブータンも同じくらいうるさいです

自分の身分にふさわしい振る舞いが求められます。
相手のメンツを潰さずに
上手く振る舞う人が教養のある人なのです

服装では、ゴ・キラ(民族衣装)の着方や
カムニ(袈裟みたいなやつ)の付け方も身分により違います

お辞儀の仕方も身分により決まっています。
上司より先にお茶に手をつけてはいけません。

お酒を進められたら、一回は断ります。(たとえ飲みたくても)
食事はおかわりするのが礼儀です。
大皿から自分の分を取り分ける際は必ず残すこと。

王様に対しては、
決して目を見てはいけません。
左手で口元を隠し、息がかからないようにする。
といったことが徹底されています


これらの作法は総称して
Driglam Namzhangと呼ばれ
Drig=調和
lam =振る舞い
Nam=秩序
Zhang=保持 という意味の礼儀作法です

一夫多妻。

ブータンは4人まで奥さんが持てます。

既婚者のおっさんでも女の人に手を出そうとしてます
これも国民幸福度GNHか?

温暖化

「温暖化すると
北極南極の氷が溶けて
海面が上昇して
海岸沿いの街や
多くの島が
海に沈む」

というのが日本人の考える温暖化の弊害ですよね。


ヒマラヤの中のブータンは関係ないのかというと
決してそうではありません。

ヒマラヤには氷河湖があって、
温暖化により、湖が決壊し、洪水となって流れ出します。

ブータンの街は、川沿いにあることが多いので、
洪水になると、がっつり被害にあいます。


ここ数年の間にも、
ガザでは、温泉施設が洪水で流されたり
プナカではゾンが被害を受けたりしてます。


そして、多くの氷河湖は今にも決壊しそうな状態にあると聞きます。
温暖化がヒマラヤにも影響してるのね。
地球の問題です。

Election

第2回総選挙が行われました

結果。
いままで野党であったPDP党(People’s democratic perty)が勝利し、
政権交代となりました

これにより、
この国がどのように変わっていくのか、
良くなるのか悪くなるのか、
今後が楽しみでもあります。
エジプトみたいに、選挙で勝っても、
国民からひきずりおろされる政府にはならないよう願っています。



日本とブータンの選挙を比べると
まず議員数が圧倒的に違います

今回行われたNational assembly(下院)の議員数47人。
先月のNational council(上院)の定員数25人。
日本は、衆議院定数480人参議院定数252人。
ブータン議員数がとっても少ない

でも、人口に対する国会議員の割合を計算してみると、
ブータン:人口70万人→約1万人に1人が国会議員。
日本:人口1億→約16万人に1人が国会議員。
こう見ると、ブータンの議員数はとっても多いのです

そのため、国会議員といえど、みんなが身近に感じていて
選挙の時は、その候補者がどこの出身で、その経歴を知っています。
自分に近い人が選挙に出てるから、みんな選挙に関心を持っています。

ガサという北ブータンでは、たった360票を獲得すれば選挙に勝てます。
こうなると、どれだけ友達、親戚が多いかという戦いになるんじゃないかと・・・。




さて、選挙当日、我々日本人は、JICAから外出禁止令が出ました。
前回の選挙の時に爆弾事件があったため、今回もそれに備え
事件・事故に巻き込まれないようにです。
まだまだ途上国ブータン。
安全な国としてあり続けるように、政府に期待します

伝統建築物

たまには建築について

ブータン人は、歴史的・文化的に大切な建物でも
傷んでいたらぜんぶ壊して、新しく建てようとしてます。

我々からすると、古いものを壊してしまうのは残念ではあるけど
彼はには、古いものを修復し、保存し、後世に残すという想いが薄いみたい

そして、修復し、保存する予算的な余裕が無いというのが現状です。
重要な建物でも、その記録が残っているものは、少ないのです

その点において、私がJICAを通じてここに来て、図面を残すことは、
ブータン建築の資料として意味があるはずと思って仕事しています。


ブータンにも建築様式の規定があり、それによって、
他の国とは異なる町並みIdentityを保っています。
この規定は、ゾン、住宅、チョルテンなど用途ごとに決められていて
外観を決定付けています

また、材料は、地方によって多少の違いが見られます。
西側では版築と石、東では竹、南では日干しレンガが材料として多く使われます。
これは、輸送が難しいブータンではその土地で手に入りやすい材料を使うためで、
こうした違いがその地方の風景を作っています。
屋根には松材の板を敷いて、その上に石のおもりを載せています。
2年毎に表裏をひっくり返してます

ブータンにも家相のようなものがありますが
日本のように東西南北に依るものではなく、
例えば、玄関は谷の方向を向いているとか、
山岳地帯のブータンらしいものとなっています。


独特の町並み・景観を持つブータン。
その建物の伝統を損なわないでと望むばかりです

(参考;現代ブータンを知るための60章 平山修一)

一周年。

先日23-1次隊の方々が日本へ戻られました。
お疲れ様でした。
ちょうど一年違いの皆様にも
とてもお世話になりました。
それぞれの方とブータンで過ごした時間は
とても楽しい時間です。
これから、お互い日本でブータンで頑張って行きましょう


さてさて、
23-1次隊の皆様が
日本に帰られたということは
24-1次隊の我々が
ブータン来て一年がたったということです。

早いね。
あっという間。

このままだと、ブータンで何もせずに協力隊が
終わってしまうのではという焦りもあります。

同期の人たちとブータンに来て
見るものすべてに感動していたのが一年前。

いまや、接するものが当たり前になってしまい
写真を取る枚数も激減してます。

マンネリ化?これはちょっとまずいよ。

あと一年。
ブータンにいるこの毎日が
いかに貴重なものか噛み締めながら
自分の一生の中でも、
一番輝いている貴重な時間にしたいものです

42.195km in Bhutan

42.195キロ。
きつかった…。
今もまだ階段がつらい。
朝7:00にスタートして、12:50にゴール。
5時間50分もかかりました。

この大会は、日本人が主催者で、
22人のフルマラソン参加者と
5人のハーフマラソン参加者が
日本からわざわざやってきています。

わざわざ2200mの高さまで来て走る人たち。
そして、参加費や飛行機代などで全部で40万円くらい掛けてます。
よっぽど走るの好きなのね
日本人参加者の平均年齢は50台半ばぐらいで
最年長は74歳だそうです。頭が下がります。

コースは2200から2500mくらいのところを登ったり下りたりしながら進みます。
道も、
舗装してあったりなかったり。
ウシが道を塞いでいたり。
いままで参加したマラソンで一番過酷なものでした。

結果は、72人の参加者で、20位くらい
こんな高地でマラソン走れたのも、いい経験です


計画的に物事を進めることが苦手なブータン人。
予想通り、全員がスタートダッシュします。
スタート時点で、
私の後ろにはブータン人は
一人もいませんでした

インド4。

25.June

朝7:40ニューデリー着がまた遅れて10時着。

とりあえず本日の寝床を確保と、
メインバザー周辺のホテルを確保します900Rs

ニューデリー駅からメトロに乗ってチャンドニー・チョウク下車8Rs
デリーの観光スポットであるラール・キラーへ250Rs
その後、イスラムのモスクであるジャマ・マスジットへ
入り口で、係員みたいな人に300Rs払うが、後で調べるとボラれたよ

あいつらは係員みたいな格好して観光客目当てに金をふんだくるらしい。
話をしたときに、イスラム教徒以外はお金いるんだっていって、お金請求してきたけど
インド人だって多くはヒンドゥーだからイスラムじゃないし。
よく見ると歩き方にも書いてあったので、ちゃんと注意するべきだったね。

それにしても、タージマハルといい、今回の旅では、ムガル帝国のイスラム建物ばかり。
ヒンドゥーっぽいものあまり見てないです。
次回のお楽しみですね


メトロでコンノート・プレイス周辺に移動8Rs。
このあたりは、デリーでも新しい建物が集まっててとても都会です
昼は、久々にマクドナルトに入ってみます。
ブータンにはないマクドナルト。
一年ぶりで食べるチーズバーガーうまかった~。
ポテトもね

このあたりは、しゃれた雑貨屋さんとかもあり
ベットカバーとかスカーフとか紅茶とか、たくさん衝動買いしました。7000Rs
ホテルに一度戻って、そのあと夕食。
最終日の夜となるこの日は、タンドリーチキンとビールでちょこっと豪華に。
ブータンにはない美味しさを満喫です600Rs
6日目終了

26.June

最終日。
この日は帰るだけ。

朝いちメトロに乗り空港に向かいます。
メトロ入り口では、荷物チェックがあり、ペットボトルの水が没収されました。
危ない液体だとおもったのかしら
空港で朝ごはん220Rsお土産400Rsと時間つぶして、無事ブータンに帰国。

旅を通して、インドには
とってもたくさんの人と、動物と、文化と、宗教がごちゃごちゃしてて
とても魅力的なところではあるけれども、
同時に、とっても素朴で、脳天気なブータンが恋しくなりました。
ブータンは、誰も騙そうとしないし平和な国です。
インド人も一般人は良い人なんだろうけど、
駅とかで胡散臭い日本語で話してくる奴は100%信用しないほうがいいと実感です。
それと、この時期のインドはとても暑く体力を削がれるのでインドは体力いります。

インド。ブータンいるうちにもう一回くらい行こうかな。冬にでも。




後日。
ブータンに帰ったあと、熱と、頭痛と、下痢に襲われました
食中毒?? もしやガンジス川で虫もらってきたか??

インド3。

24.June

朝4:30起床
バラナシに4:55着の予定だったので
電車から降りる準備したけど、全く着く気配なし。
車内のアナウンスとかないので、あとどのくらいで着くのか不明なんです。
となりの席の人が親切にしてくれて、着いたら教えてくれると言ってくれたけど
結果、到着は、8:00過ぎ。3時間遅れてますよ
車の送迎を頼んでたので、ドライバーも駅で3時間待ってたとさ。

バラナシは、ガンジス川沿いの街。
ガンジス川近くまで乗っけてもらって、朝ごはん。

ドライバーが日本食の店を知ってるらしく連れてってもらいます。
オーナーが日本人のその店の日本食メニューには、
確かに天ぷらうどんってあるけど、残念な味でした・・・。
日本ではすぐ潰れるだろうね


そのあと、小舟を頼んで乗ります
ほんとなら、3時間早く来て、涼しいうちに舟に乗る予定が
電車遅れたため、くそ暑い日差しの中、舟に乗ります。
船頭さんは、英語がインドなまりすぎて、全く理解できません
暑さにバテたけど、ガンジス川を小舟にのって浮かんでいるのも素敵な経験です。

ガンジスはゆったり流れているように見えるけど、
実際は結構な流れの速さで、川を上るときには必死に漕がないと進みません。
川岸では、沐浴してるひともいれば、
お祈りしてたり、
洗濯してたり、
魚釣りしてたり。
牛も川に入って身体洗っています。
火葬場もあって、遺体を燃やしてるところもあります。
川の水は確かに汚いけど、愛知県の内海の1.5倍くらいの汚さでしょうか。

舟から上がると、暑さでバテていて、
昼食がてら、レストランで休みます。
でも、昨日に増して夏バテ状態で、何も口にする気になりません

昼からは、ガンジス川に入って沐浴しました。
汗だくでべたついた身体を洗い流し、結構さっぱり
3時間くらいガンジス川のガードと呼ばれる川沿いでダラダラと過ごします。
昼寝もしてたりして。
思い返すと、ちょっと危険です。

17:00ガンジス川を出て、駅に向かいます。
この日も寝台電車で、デリーまで。
電車は時間通りに来て、無事に乗り込みます
前日より、一つクラスの上の寝台電車なので、ベットの天井高さもあり快適です。
車内で、タオルを配っている人がいて、タオルを貰うと20Rsだよと言ってきます。
が、となりの席のインド人が、電車のチケット代に含まれているから払うなと教えてくれます。
こんなとこでもボったくろうとしてくるのね。インド人がっかり。

5日目終了

インド2。

22.June

この日もチャンディガールでコル建築から

セクター10の建物群(美術学校、博物館15Rs、建築博物館15Rs、美術館15Rs)へ向かいます。
美術館は東京上野の美術館と外観がそっくり。
同じ時期に設計したものらしい
建築博物館、博物館は、外観の雰囲気がちょっと違うと思ってたらやっぱりコル設計ではないみたい。

昼ごはんは軽くサモサ的なやつ。200Rs
午後は、コル建築から離れ、ロックガーデンという石の庭と、近郊の池に。
初日にデリーで買ったサンダルが合わず、足が痛み出します。
やっぱり履きなれた靴でないと旅はだめです

足のためロックガーデンと池は早々に切り上げ駅に向かいます。
駅の電光掲示板で、デリー行きの電車をチェック。
車両番号14096・・・無い??
手元のチケットを何度も確認するも掲示板に表示ないので焦ります。
駅の案内カウンターにはインド人たちが争うように問い合わせをしてて
自分もそのインド人たちをかき分けカウンターにたどり着き聞いてみると、
すこし遅れてるけど来るらしい。結果、30分遅れで

2等の席は、CCクラスの席と全く違う雰囲気で、乗ってる人も
おそらくカーストの低い人たちなんだと思われます。
そもそもチケットをちゃんと買って乗っているのかさえ怪しい感じです。
通路にまで人びっしりで、世界の車窓から的な世界です
途中の駅も、どこが駅??という感じで、線路から直接乗り込んできます。
お菓子とかお茶とか社内販売の人は、天井に付きそうなほど山積みで運んできます。
実際天井に当たってるし

ここでもスポーツサングラスのおかげで、ちょっとした変な外人に見られ
写真とったりと和やかに過ごしました。

デリーラライロヒーラに着き、そこからオートリキシャでホテルまで100Rs
ホテル950Rs
また電車遅れて、到着が22:40か・・・。

翌日からの電車はチケットを自分で取るのが面倒になったので
ホテルのフロントにあるトラベルカウンターにお願いして予約してもらいます。
ニューデリーからアグラ。アグラからバラナシ。バラナシからニューデリーの3つで
手数料込み全部で3630Rs


23.June

5:00に起きてニューデリーの駅に向かいます。
アグラ行きの電車6:00発8:06着。
めずらしく時間通りに運行します

アグラ下車すると、タージマハルへの観光客目当てのオートリキシャたちが待ちぶせ中。
150Rsと言ってきたやつをアホかとかわして、他のやつと交渉し、
最終的に10Rsでタージまで行きます。
15倍の値段をふっかけてくるとは。どんだけぼろうとするんでしょ。
インド人信用ならんね

タージマハル入場料750Rs。荷物預けるにも200Rs。外人価格高い。
またまた、あやしいインド人が寄ってきて、一日観光ガイドさせてくれと言ってきます。
丸一日の交通費+ガイドで1000Rsだそうで。
超あやしいけど、一回ぐらい騙されるのを覚悟でちょっと乗ってみる。
値段交渉して、300Rsで頼んでみる

タージマハル入口で、そのガイドは、外で待ってるから行ってこいと言いいます。
それガイドしてないじゃん。って突っ込むと入場料払ってくれと言います。
はは。やっぱりインド人信用ならんね。

そのぶん、オートリキシャー乗り回してやったけど、
300Rs分は取り返せなかったかなー。

タージ・マハルは、いかにも観光地って感じで、いろんな国からの観光客でいっぱいです。
ブータン建築の土と木の文化もいいけど、イスラム建築の石文化もなかなか迫力ありますね。

この日も40度超えの暑さのため、昼ごはん300Rsは喉を通らず。完全に夏バテ状態。
半分以上残すと、例のガイドが、パックして持って帰っていいかと言います。
ガイドは、持って帰った食べ残しを、道端の貧しい人たちに分け与えていました


地球の歩き方に、アグラの旅行会社が乗っています。
そこへ向かい、明日のバラナシの手配をします。
明日の電車はバラナシ駅ではなく、ムガルサライ駅着なので、
ムガルサライからバラナシまでのタクシーと、
ガンジス川でのボート、
そして帰りのバラナシ駅までの送迎を頼みます。1600Rs。
高いのかもしれないけど、歩き方に乗ってる旅行会社なので信用します

その後、アグラ城250Rs寄って、アグラ駅へ。
ブータンへのお土産を買い込む。1600Rs

また、初の寝台列車に挑戦。19:50アグラ初 翌朝4:55ムガルサライ着。
アグラ駅で待つもまたもや、電車遅れて出発は1時間遅れ。
寝台列車は3段ベットになっていて、運悪く一番上の段です。
天井まで高さがなくて、上体を起こすと頭つかえます。
日本のカプセルホテルみたいな感覚

乗り込むときに、駅のポーターに自分の席を尋ねたら
親切に席まで連れてってくれたのはいいけど、100Rsせがんできます。
こんなとこでも金要求するのかー。それがインドですね。

夜中クーラー効きすぎで寒いよ

インド1

一週間インドにいました。
お隣の国なので、割りと簡単に行けます。

目的は、チャンディガール建築とタージマハルとガンジス川。
あとは適当にふらふらと過ごしました。

その足取りを


20.June

9:00空港へ向かう。タクシー300Nu
11:00パロ空港より出国です。
13:00(現地時間)インド ニューデリー着
時差30分なので、実質は2時間半くらいかな。
出国審査で長蛇の列。
さすがインド。人がたくさんです。
空港は新しくキレイで、空港の周りで特にインド人が寄ってくることもなくスムーズにメトロ駅へ。
メトロでニューデリー駅へ150Rs

ニューデリー2Fの外人用鉄道チケット売り場へ
日本人がたくさん騙されるという要注意地域みたいですが特に問題なしです。
チャンディガールまでの往復で600Rs
行きは、エアコンあり軽食付きの列車、
帰りは、2等車でエアコン無しの列車を予約します。

ホテルは、ニューデリーの駅から15分くらいのところでゲット
一泊800Rs。ニューデリー近辺にしては、まずまずの値段のところ。
あまりに安いところもちょっと怖いしね。
夕食は、韓国料理にしました。280Rs
インドめしは、ブータンでもそれなりに食べられるため、
違うものを食べようかなと。

初日は特にトラブルなし。
スポーツサングラス掛けてると怪しい人に見られるので
あまり声をかけられないみたい



21.June

7:40発の電車に乗ってチャンディガールに移動します
CC座席は、ティー、パン、軽食、ペットボトルの水がサービスされて、とっても快適です。
もちろんエアコンついてるしね。
12:00過ぎにチャンディガール到着。一時間くらいの遅れ。

駅前に、泊まってたタクシーで市街地へ。350Rs。ぼられた感があるが、まぁ許容範囲かな。
庁舎、議会棟をはじめ、都市の区画整理からすべてを、大巨匠建築家コルビジェの計画した街で、
他のインドの街とはちょっと毛色の違う街です。
グリッドに道路が配置され、各区画が、セクター●●と北から順に名付けられています

セクター17のバスターミナル付近へ移動。
パスターミナル2Fの観光案内所で
セクレタリアート(行政庁舎)、ヴィダンサバー(議会棟)、ハイコート(法院)への
許可証の取り方を教えてもらいます。

その足でツーリストオフィス行って、無事に許可証を入手。
しかし、これらの施設は土日入れないと聞き、行くなら今日しか無い。
そして5時に閉館。今3時。ダッシュで、3施設を回ります。

セクレタリアート(行政庁舎)ヴィダンサバー(議会棟)ハイコート(法院)は
現役の庁舎として使われています。
コンクリートは結構傷んでいるし、内部も改修された部分もあるらしい。
でも屋上庭園や、ブリーズソレイユ(日除け)とかコルビジェ全開な感じです。
エントランスまわりの吹き抜けや、球形の会議室は、どちらもスケールのでかさに圧倒されます。
ついでに、オープンハンドも見ておきます。
これが、写真のやつかーって感じ。でかいよ。
街の中心部までサイクルリキシャーに乗ってみる。40Rs。またボラれてる?
ホテル探し。1350Rs。まずまずのところ。ゴハンは適当にインドタリー。300Rs。

二日目終了
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